こんにちは。今回のMusic RTA分析は、オーディオ・マニアにはたまらない音源、**サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル(2015年盤)**をターゲットにします。

この全集の興味深い点は、同一演奏でありながら**「マルチマイク録音」と「ワンポイントステレオ録音」**の両方が192kHz/24bitのFLACで提供されていることです。今回は第4楽章のバリトン独唱直前からフィナーレまでの全編、そして特徴的な「行進曲(マーチ)」セクションを抽出し、波形、RTA、リサジュー(Lissajous)図形からその差異を徹底解剖します。
本記事の解析に使用した計測システムの詳細や、binaural.jpがMusic RTAを行う目的については、こちらの[カテゴリー説明ページ:Music RTAの背景]をご覧ください。
1. 第4楽章全編の俯瞰:構築された音像か、空間の再現か
まずは、第4楽章のバリトン独唱直前から最後までの全データを俯瞰してみましょう。
- 波形(Waveform)の対比マルチマイク版は音圧のコントロールが緻密で、各パートが整理された「現代的な鳴り」を予感させます。一方、ワンポイント版は瞬間的なピークが鋭く、ホールの生々しいダイナミクスがそのまま記録されているのが特徴的です。




- リサジュー図形が描く「音の輪郭」全編を通したリサジュー分析では、マルチマイク版はエネルギーが四方に均衡して張り出した「菱形」の輪郭を見せます。これは各楽器がパンニングによって左右に明確に配置(定位)され、エネルギーが全帯域で使い切られていることを示しています。対して、ワンポイント版は柔らかな「楕円」を描きます。これは特定の定位よりも、ホールの残響と直接音が一体となった「空間の広がり」を優先している結果と言えます。


2. 「行進曲」の胎動:70Hz以下の超低域に宿る正体
次に、静寂の中からバスドラムが這い上がる「行進曲」の導入部(pp)を詳しく見ていきます。この部分は生演奏では「Vor Gott!」という合唱の強烈なフォルテシモ(ff)とフェルマータの直後、一瞬の静寂を置いてバスドラムの静かな、でも低い空気振動が伝わってきます。
ここで、両者の設計思想の違いが決定的になります。
| 録音方式 | 70Hz以下の挙動(RTA) | 推察されるマイク構成 |
| マルチマイク | 頂点(ピーク)が維持され、極めてパワフル | 楽器近傍に無指向性マイクを配置し、超低域の圧力をダイレクトにキャプチャしている可能性 |
| ワンポイント | なだらかな「ダラ下がり」 | **MS方式(Mid-Side)**等のステレオマイクを使用。空間の広がりは自然だが、物理的な距離による低域のロールオフが記録されている |
マルチマイク側に見られる30Hz〜50Hz付近の力強いピークは、聴感上の「低域のエネルギー感」として顕著に現れます。無指向性マイクが持つ「超低域までフラットに拾う」特性を活かし、バスドラムの衝撃を「点」として克明に刻んでいます。




3. リサジューから見る「空気感」の解釈
レベルの低いマーチ部分を4倍拡大してリサジューを確認すると、さらに興味深い事実が浮かび上がります。
- マルチマイク(4倍拡大):中心の芯が太く、上下(L+R)にエネルギーが凝縮。バスドラムがセンターで鳴っているという「実体感」を重視。
- ワンポイント(4倍拡大):図形が全体的に丸く、ランダムに散っている。これは楽器そのものの音以上に、ホールの壁を伝わってくる「空気の震え(アンビエンス)」を捉えている証拠です。


結論:解像度の「マルチ」か、気配の「ワンポイント」か
今回の分析から、同じ演奏でありながら、その音響哲学は180度異なることが分かりました。
- マルチマイクは、ベートーヴェンが楽譜に込めた意図を、現代の解像度で「指先で触れられるほどのリアリティ」として再構築しています。
- ワンポイントは、巨大なホールの客席で、暗闇の奥から何かが蠢き出すのを待つような「聴体験の再現」に徹しています。
192kHzのハイレゾ環境は、こうした「録音エンジニアの視点」までもが波形に刻み込まれる世界。皆様は、この歓喜のフィナーレをどの特等席で聴きたいですか?
あとがき
今回のリサジュー分析は、音を「聴く」だけでなく「視る」ことで、録音の意図を解き明かす非常にエキサイティングな体験でした。70Hz以下の深淵に潜む「空気の揺れ」、皆様のシステムではどう響くでしょうか。
当カテゴリーでの分析結果は、特定の製品を批判するものではありません。詳細な運営方針については、以下のボタンよりご確認ください。


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