憧れのLP3枚組、あの時のメドレーを求めて
音楽への目覚めは人それぞれですが、私にとっての決定打の一つは、中学生の頃に友人が聴かせてくれた『Wings Over America』でした。
ビートルズやポールの存在は知っていましたが、スピーカーから流れてきた冒頭の「Venus And Mars / Rock Show / Jet」のメドレーを聴いた瞬間の衝撃は今でも忘れられません。「なんてカッコ良いんだ!」と心が震えましたが、当時はLP3枚組というボリューム。中学生の小遣いでは到底手が出せない、まさに「高嶺の花」でした。
大人になり、ようやく自由に音楽を楽しめるようになってからこの名盤を手にしましたが、私の探求はそこで終わりませんでした。
本記事の解析に使用した計測システムの詳細や、binaural.jpがMusic RTAを行う目的については、こちらの[カテゴリー説明ページ:Music RTAの背景]をご覧ください。
「期限切れコード」に賭けた、10年越しの再会
2013年のリマスター発売時、私は通常盤を購入して満足していました。しかし最近、限定の「Super Deluxe Edition」にのみ、96kHz/24bitのハイレゾ音源をダウンロードできるコードが封入されていたことを知ったのです。
どうしてもハイレゾで聴きたい——。その一心でフリマサイトを巡り、奇跡的に未開封品を入手。しかし、10年以上前の商品です。同封されたサイトでコードを入力しても「エラー」で弾かれてしまいました。
「やはりダメか……」と諦めかけましたが、ダメもとで翻訳ソフトを使い、英語でサポートへメールを送ってみました。「10年以上前の商品なので同封のコードは無効でしょうか?」と。
すると数日後、丁寧な返信が届いたのです。 「この代替コードでダウンロードして!」 メーカーの粋な計らいで、ついに10年越しのハイレゾ音源が私の手元に届きました。

こんな返信メールをいただきました!
Thanks for contacting us and I’m very sorry you have had problems with your download.
Please visit https://xxxxx.yyyyy.com
and use this replacement code: xxxxxxxxxxx
波形で見る「2013年ハイレゾ版」の真実
苦労して手に入れたハイレゾ版(96kHz)を、手持ちの歴代バージョンと比較分析してみました。
・1987年CD版

・2013年CD版 (通常盤) *) Super Deluxe Edition と同じ

・2013年CD版 (Super Deluxe Editin)

– Super Deluxe Edition – (2013)
・2013年ハイレゾ版 (96kHz/24bit)

– Super Deluxe Edition – (2013)
1. 波形の比較(ダイナミックレンジの差)
- 2013年CD版:現代的なリマスターらしく、音圧が高めに設定されており、波形が全体的に太く詰まっています。

- 2013年ハイレゾ版:驚いたことに、CD版よりもレベル(音圧)が低く抑えられています。

これは決して「音が小さい=悪い」ではなく、ハイレゾ環境で聴くリスナーのために、ピークを潰さずダイナミックレンジを確保したマスタリングが施されている証拠です。
2. スペクトラム分析(高域の伸び)
- 1987年版CD、2013年CD:20kHz付近でスパッとカットされています。


- 2013年ハイレゾ版:20kHz以上の超高域まで信号が伸びており、ライブ会場の空気感や楽器の倍音がより忠実に再現されていることがわかります。

結び:執念の先に見えた景色
中学生の頃にLP3枚組を眺めて溜め息をついていた少年が、数十年後、海の向こうのスタッフとやり取りをして最高音質を手に入れる——。
実際にハイレゾ版で聴く「Jet」の疾走感は格別でした。音圧競争から一歩引いた、余裕のある鳴り。分析結果が示す通り、そこには「音楽を大切に届ける」という制作陣の意図と、それに応えてくれたメーカーの愛が詰まっていました。ダメもとで送ってみるものですね。
これだから、オーディオ趣味はやめられません。
当カテゴリーでの分析結果は、特定の製品を批判するものではありません。詳細な運営方針については、以下のボタンよりご確認ください。
今回聴き比べた名盤リスト
■ Paul McCartney & Wings / Wings Over America
1976年の全米ツアーを驚異的な熱量で捉えた、ライブ・アルバム史に燦然と輝く大名盤。ポールの縦横無尽にうねるベースライン、スタジアムを包み込む壮大なダイナミクス、そしてオーディエンスの地鳴りのような大歓声が織りなす圧倒的な空気感は圧巻です。再生システムの「動的な追随性(ダイナミック・レスポンス)」と「広大なサウンドステージの再現力」を限界まで試し、スタジアムの熱狂を特等席で体感するための究極のリファレンス・ライブソースです。 (※本記事のRTA解析は、幻の2013年ハイレゾ音源を含む、時代ごとのリマスター仕様を徹底検証しています)
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コメント
この記事も興味深く拝読しました。
ハイレゾ音源の入手は、とてもドラマチックですね!!
サポートの方も、久しぶりの連絡でかなり感動されたんじゃ無いのかなと、私もワクワクしました!!
私は音楽の制作環境の歴史に疎いのですが、
1976年ツアー時、 アナログのテープレコーダーへの録音?
1987年CD時、それをオーバーサンプリング96kHzでデジタル化→44.1kHz
2013年CD時、96kHzのマスター版をDL可能に
というような歴史を経てきたのでしょうか?
96kHzマスターが製作された時期が気になりました。ご存知でしたらご教示ください。
ktm 様
コメントありがとうございます!
ハイレゾ音源入手の背景にあるドラマや、録音史の変遷にまで思いを馳せていただき、執筆者としてこれほど嬉しいことはありません。
ご質問いただいた『Wings Over America』の録音からハイレゾ化までの変遷について、[Music RTA]の分析データと当時の技術背景を交えてお答えします。
1. 1976年 ツアー録音(アナログの時代)
ご推察の通り、オリジナルはアナログ・レコーダーによる録音と思われます。今回ハイレゾ版のRTAで20kHz以上のエネルギーがしっかり保存されているのを確認できましたが、これは当時のアナログテープに、当時の空気感が極めて高い鮮度で刻まれていたことを証明しています。
2. 1987年 初版CD化(初期デジタルの時代)
1987年の初CD化の際は、まだ96kHzという概念は一般的ではありませんでした。当時はアナログマスターを44.1kHz/16bitのデジタル環境(ソニーのPCM-1610/1630など)へ直接、あるいは初期の変換技術で転送するのが主流でした。そのため、1987年盤は当時の規格の限界(22.05kHz)で音が遮断されています。
3. 2013年 アーカイブ・コレクション(ハイレゾの誕生)
読者様が気にされていた「96kHzマスター」が製作されたのは、まさにこの2013年のリマスタリング時と考えられます。ポール・マッカートニーのアーカイブ・コレクション・シリーズでは、オリジナルのアナログ・マスターテープまで遡り、最新のハイエンドなADコンバーターを用いて96kHz/24bit(あるいはそれ以上)で新たにデジタル・トランスファーが行われました。
4. [Music RTA]の解析では、この2013年版が単に高スペックなだけでなく、CD版よりも音圧を低く抑え、ダイナミックレンジを確保するという、極めて誠実なマスタリングが施されていることを波形から確認しています。
このように、96kHzマスターは「昔からあったもの」ではなく、現代の技術によって、1976年のアナログテープに眠っていた真実を呼び起こした結果なのです。それを知ってから聴くと、あの躍動感あふれるライブの空気がいっそうドラマチックに感じられるはずです。
これからも、波形の裏側に隠された「音の歴史」を一緒に楽しんでいただければ幸いです!