次世代オーディオエディタ Audacity 4.0.0 (Muse Framework) を Windows 11 環境にて Visual Studio 2022 と Qt 6 を使ってソースコードからコンパイルし、正常起動させるまでの全手順をまとめました。
ASIO SDKのライセンスの関係で、Ver 3.X.X はASIO対応のためには自前でビルドする必要がありました。ASIO SDKの開発元Steinbergが「GPLv3」でも利用できるようにライセンスを拡張したため、Ver 4.0.0からWindows版の公式ビルドでASIOがサポートされました。したがって、Audacityを自前でビルドする必要性はあまりないかもしれませんが、備忘録を兼ねてブログにまとめました。
Audacity 4.0 はアーキテクチャが大幅に刷新されており、ビルド時にハマりやすいポイント(パスの長さ制限、Qt の依存モジュール不足、書き込み権限エラーなど)がいくつか存在します。本記事ではそれらの回避策も含めて詳しく解説します。
Audacityの以前のバージョン(3.7.X)のビルドについては以下の記事をご覧ください。
1. 準備と動作環境
Audacityのソースコードについては以下をご参照ください。
ASIO SDKについては以下をご参照ください。
Qtについての詳細は、Qt公式サイト をご参照ください。
以下の環境でビルドしています。
- OS: Windows 10 / 11 (64-bit)
- IDE: Visual Studio 2022 (C++ によるデスクトップ開発 ワークロード)
- Build Tool: CMake 3.21 以上 (
cmake-guiを使用) - Framework: Qt 6.11.2 (MSVC 2022 64-bit コンパイラ用)
- VCS: Git (Git Bash 環境推奨)
2. Step 1: 最重要!パスの長さ制限 (MAX_PATH = 260文字) の考慮
Windows 環境で C++ / Qt6 (QML) のプロジェクトをビルドする際、一番最初に対処すべきが 260文字のパス長制限 (MAX_PATH) です。
ビルド時に自動生成される中間ファイル(.tlog や _autogen など)のパスが非常に長いため、ソースフォルダやビルドフォルダが深い位置にあると MSB3491 や MSB8066 といった MSBuild エラーが発生してコンパイルが失敗します。
【解決策】
ドライブ直下の最も浅い階層にフォルダを作成して配置します。
- ソース配置ディレクトリ:
C:\tmp\audacity-4.0.0 - ビルド出力先 (Where to build):
C:\b - インストール配備先 (
CMAKE_INSTALL_PREFIX):C:\b\i
3. Step 2: Qt 6 のインストールと必須モジュールの選択
Audacity 4.0 のビルドには Qt 6 (6.8 以降) が必須です。
① インストーラーのダウンロードとログイン
- Qt Official Downloads から Qt Online Installer(
qt-online-installer-windows-x64-4.11.0.exe)をダウンロードして実行します。 - Qt アカウント(無料コミュニティ版 / オープンソース利用) でログインします(※会社のアドレスでも登録・利用可能です)。
② 必須コンポーネントの選択
Qt MaintenanceTool や Installer のコンポーネント選択画面で、以下を選択してインストールします:
- Qt 6.11.2(6.11.2 をインストールしました)
MSVC 2022 64-bit(★必須。mingw_64だけでは VS2022 でビルド不可)Qt 5 Compatibility Module(Core5Compat)Qt Network Authorization(NetworkAuth)Qt Image Formats/Qt Shader Tools/Qt SVG
※ご自身がインストールしたQtのバージョン(例: 6.8.2等)に読み替えてください
4. Step 3: Git リポジトリのクローン
Audacity 4.0 は Git サブモジュールを大量に使用しています。GitHub の ZIP ダウンロードでは muse フレームワーク等のコードが含まれずビルドエラーになるため、必ず git clone --recursive を使用してください。
Git Bash で以下を実行します:
# パスを浅くするため C:\tmp を作成してクローン
cd /c/tmp
# 1. タグ/ブランチを指定してサブモジュールごとクローン
git clone --recursive -b Audacity-4.0.0 https://github.com/audacity/audacity.git audacity-4.0.0
# 2. クローンしたディレクトリに移動
cd audacity-4.0.0
# 3. 念のためサブモジュールの同期を確認
git submodule update --init --recursive5. Step 4: cmake-gui の設定と Configure / Generate
cmake-gui を起動し、パラメータを設定します。
① ディレクトリパスの設定
- Where is the source code:
C:/tmp/audacity-4.0.0 - Where to build the binaries:
C:/b
② エントリーの追加 ([Add Entry])
画面右上の [Add Entry] ボタンから、以下の変数を登録・更新します。
| Name | Type | Value / 設定内容 |
|---|---|---|
CMAKE_PREFIX_PATH | PATH | C:/Qt/6.11.2/msvc2022_64 |
CMAKE_INSTALL_PREFIX | PATH | C:/b/i |
AUDACITY_BUILD_LEVEL | STRING | 2 |
※CMAKE_PREFIX_PATHは、ご自身がインストールしたQtのバージョン(例: 6.8.2等)に読み替えてください
💡 ハマりポイント回避策 (
CMAKE_INSTALL_PREFIX)
デフォルト値のC:\Program Files (x86)\audacityのままだと、Visual Studio 側で書き込み権限エラー (Access Denied) になったり 32-bit パスとして誤認識されたりします。必ず書き込み権限のあるローカルパス(C:/b/i)に変更してください。
③ Configure & Generate
- [Configure] ボタンを押します(Generator:
Visual Studio 17 2022, Platform:x64を選択)。 Configuring doneと表示されたら、[Generate] ボタンを押します (Generating done)。- [Open Project] ボタンを押して Visual Studio 2022 を起動します。
6. Step 5: Visual Studio 2022 でのビルドと INSTALL 配備
① ビルド構成の確認
Visual Studio 上部のツールバーで以下を設定します:
- 構成:
Release - プラットフォーム:
x64
② INSTALL ターゲットのビルド (最重要ステップ)
単に Audacity プロジェクトだけをビルドした場合、C:\b\bin\Release に Audacity4.exe 本体のみが生成されますが、これだけでは Qt6 の DLL やアセット類が不足しているため起動できません。
- ソリューションエクスプローラーから
INSTALLプロジェクト(CMakePredefinedTargets配下)を探します。 INSTALLプロジェクトを右クリックして [ビルド] を実行します。
INSTALL が完了すると、C:\b\i\bin に必要ファイル群(Audacity4.exe、Qt6*.dll、プラットフォームプラグイン等)が全自動で転送・集約されます。
7. Step 6: 動作確認とポータブル化
① 動作確認
- ソリューションエクスプローラーで
Audacityプロジェクトを右クリックし、「スタートアップ プロジェクトに設定」を選択します。 Ctrl + F5(デバッグなしで開始)を押すと、Audacity 4.0.0 が正常に起動します。
② 生成ディレクトリの構成解説
| ディレクトリ | 役割・解説 |
|---|---|
C:\b\bin\Release | コンパイラが出力する開発中間バッファ。exe 単体のみが置かれます。 |
C:\b\i\bin | INSTALL 完了後の完全な実行環境。 必要な DLL や UI アセットが揃っているため、このフォルダごと持ち出せばポータブル版として利用できます。 |
💡 フォルダを移動・配布する際の重要な注意点
INSTALL ターゲットで出力された C:\b\i\bin 内を全て別ディレクトリにコピーして起動しても、QML や UI リソースの読み込みに失敗し、スプラッシュ画面で停止してしまう場合があります。
Audacity 4.0 は bin 以外の階層にある QML モジュールやリソース群を参照するため、ポータブル環境を作る際は C:\b\i (インストールディレクトリ全体) を丸ごとコピー し、その中の bin\Audacity4.exe を起動するようにしてください。
8. まとめ
Audacity 4.0 (Muse Framework) のビルドを成功させるポイントは以下の3点に集約されます。
- パス長制限の回避: ソースとビルド場所を
C:\tmpとC:\bのように極限まで浅く配置する。 - Qt モジュールの補全:
MSVC 2022 64-bitに加え、Core5CompatやNetworkAuthを明示的にインストールする。 - INSTALL の活用: ビルド完了後に
INSTALLターゲットをビルドし、C:\b\i\binに完全な実行ディレクトリを生成させる。
ビルドしたEXEの実行結果です。

※ ASIO は Steinberg Media Technologies GmbH の登録商標です。
※ Audacity® は Muse Media 社および Dominic Mazzoni 氏の登録商標です。
※ Visual Studio、Windows は Microsoft Corporation の商標または登録商標です。
※ Qt は The Qt Company Ltd. およびその子会社の登録商標です。





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